ちー子の思い出 2 

さーて ちー子はどんなキッカケで うちの子になったのでしょう。
痛々しくも辛い闘病生活が始まります。

 うちへ通いだして一年近く むっちり
 太ってる。
 でも まだ精神不安定。
                 ’90.8撮影 
  大きなお尻
  シッポが縞々模様
          ’90.8 撮影
 
帰宅拒否(’91.6の時点)
 うちに通いだして一年半近くたった初夏。もう冬あたりから飼い主さんの家に帰ってないようすだった。
夜の11時に外に出しても 鈴の音が家の周りでしている。「ギャー」とひと鳴きはするけど しつこく鳴かない猫。
気位が高いのか それとも 遠慮してるのか?。
 雪が降る寒い夜に 見かねて抱いて飼い主さんの家までもって行った事もあった。
家の近くに行くと 「ウゥーー」とうなるのである。 えっ そんなに家に帰るのがいやなの?と感じつつ 玄関前に
置いてくると 何の事は無い 私より先に我が家の玄関で待っていた。 せつなさをこらえて 入りたがるちー子を
避けてドアを閉めた事 数回。 あー寒いだろうなと考えつつ帰宅すること祈って 就寝した。
翌日 早朝6時には 我が家の玄関先で座っていた。もうその頃には 朝6時出勤になっていた。
 でも とても気だるさが溢れ 精神的に限界が来てるみたいだった。
後で聞いた話によると その頃 飼い主さん宅に待望の赤ちゃんが生まれたらしかった。
                                          ’01.3.30 記 

怪我(’91.9の時点)
 まだ残暑厳しい頃 我が家は日中クーラーを使わないからか ちー子は家の前にある路上駐車してある車の
下の草むらで寝そべる事が多かった。家の中に入っても 落ち着かない様子で すぐ外に出たがった。
諦めたような 投げやりというか 倦怠ムードを漂わせていた。
そんなある日 余り暑いから 家に入れようと外へ迎えにいって抱いてやると「ギャ」と 聞いた事無い鳴き方。
 
えっ どうしたのだろう??? しっぽの付け根あたりを触ると また 鳴く。 まったく見た目では毛があるか
らかわからないけど 
なにか変!
 すぐ お医者さんに連れて行きたいけど 飼い主さんさておいて・・・ そうだ 電話でお医者さんに見てもらうよう
お願いしよう決め 早速電話した。 その日は 早めに我が家から出して飼い主さんの玄関まで持っていった。
これで 安心・・・でも あー 心配・・・。
 翌朝 家に来ないから きっとお医者さんに行ったからだと思い それでも 心配で外を捜してみた。
え〜〜〜 我が家と飼い主さんの両方見える草むらの影で ひっそりとうずくまっているじゃない!
そんな そんな もう 
我慢できない。 抱くのを嫌がるちー子をむりやりつれて帰り 家族と動物病院に直行した。
病院では 先生がひどく私に怒る。??? ちー子の接し方が 前から気に入らないと言うのだ。???
あのー この子はうちの子じゃないのですが と 言うと はたと私の顔を見て・・・。 
どうやら 飼い主さんと間違っていたらしい。
動物病院の先生は 飼い主の顔は覚えてないのに 患者だけは忘れないらしい。
 そんな事より もう少しで ちー子のしっぽを切断しなきゃならないほど怪我が進んでいたのだ。
                                           ’01.3.30 記

手術(’91.9の時点)
 ちー子は体型としては小さいほうだった。そのくせシャムの血が騒ぐのか ひどくケンカっぱやかった。
オスの野良猫も近くにいたりで ケンカが絶えなかった。でも 小さいイコール弱いで 逃げる時にしっぽ
の根元を噛まれたらしい。 それが化膿して肉が壊死状態まで進んだのだ。
 病院では 手が足りないらしく手術の時抑えていてほしいと頼まれた。麻酔注射を3本もしたのに と
思ったけど シャム系は筋肉が発達していてもすごい力を出すからと。
 
むごい!なんとむごい! 壊死した肉を取る手術は どんなに痛かったのだろう。日頃 我慢強いちー子
でも 大も小も出た。 私は 涙が溢れ 手元がゆるみそうになる。必死でおさえた。
5分の4もの肉を取ったら まるで恐竜のレプリカのしっぽ部分のように骨が見えた。
 固くテープを巻き 「これで肉の盛り上がるのを待ちましょう」 と言われた。 でも こんな状態で ほんとに
肉が戻るのだろうか。
 舐め防止ワッパをしてもらい 泣きながら帰宅途中 なにかに脅されたように 私の手を噛むちー子。
もう大丈夫よと撫でてやると ふーと首が下がり私に体をあづける。 まだ 麻酔が効いていて錯乱していたよう
だった。
                                            ’01.3.31 記

ついに うちの子になったぁ〜〜〜(’91.9時点)
 ちー子は いつも車に乗るのをひど嫌がってた。その上 肉を削ぐ手術。帰宅した時は憔悴しきっていた。
その夜 早速 飼い主さんに「うちの子にさせて下さい」ってお願いしたら なんなく了解を得られた。
私の家に来たがるちー子に 諦めていた様子だった。
わぁーーーい これで 晴れてちー子は うちの子だぁ〜〜〜〜
怪我が辛いからか まだ気温は高いのに体温を低く感じたし 部屋の隅で耐えるようにしているので
寝る時はちー子の大好きな腕枕してやる。 心が落ち着いた様子で寝息を立て始めた。結局 一ヶ月間 毎晩
家族交代で 添い寝をすることになった。 家族が寝る時間になると 自分からベットへ先回りしていた。
 傷は順調に治っていった。 一週間ぐらいで周囲2mmぐらいに 肉が盛り上がってきた。もう それからは 目に
見える回復。 一喜一憂しながら見守った。すごい生命力に感心しどうしだった。
 毎日の通院が一週間 その後 2日おき そして3日おきに。 
完治するまで3ヶ月を要した。良かった 良かった。 なんか 前よりシッポが太くなった気がした。(笑)
 傷舐め防止に 首にワッパをしているので 視界が狭くなって危険だからと よく一緒に散歩した。 もう 夜に
なっても おうちに帰るのよ せつなく言い聞かせることもない。
 それから楽しい同居生活が始まり 10年以上家族として暮らした。 うーん メデタシ メデタシ。
                                               ’01.3.31 記

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